2008年雑記
最終更新日:2008/11/23  [もどる↑]

◆どちらにも  ◆疲れの行く末  ◆不安のありか  ◆福祉の行方  ◆一員ならば  ◆就労と働く

就労と働く

就労、労働に就く・・・、職業に就きにくい人への国の支援制度での言葉として聞く。
働きたいという思いを今一度確かめながら、ふと感じた。
働く、労働する、仕事をする、勤めをする。それぞれ意味が違うもの。
働く、は、人や社会に役立ち、相手から認められるような関係が後ろに感じられるけれど、
労働というと、何だか一方的で重たい。
誰もが労働すべしという価値観があって、就労という言葉があるような気がする。
仕事する、は、対価があろうとなかろうと成り立つこと、勤めるは組織に属して働くこと。

今多くの人の働きは、勤め先で労働、それがないと暮らしが成り立たないような世の中。
専業主婦は収入がないけれど、子育てや家事や介護を担う。
そういった経済(金銭)に乗らない働きがあって、社会が上手く回っているのでは。
主婦に限らず、余裕のある人なら、子どもや老人や近隣のことに目配りできる。
そういう、経済(金銭)には顕れない働きが社会を支えているのではないか。

家族や個人単位で金銭的に上手くいかないと暮らしていかれないから、収入が必要で、
労働しなければならない世の中では、ギスギスするばかり。
働きをきちんと認め、それによって暮らす手段が得られる世の中であったなら、
障害があっても、病気を抱えていても、その人なりに生きていかれるのだけれど。
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一員ならば

AEDの使い方を知りたくて救命講習を受けたら、胸骨圧迫(いわゆる心臓マッサージ)の実技もあった。
その動きは私には激しくて、一緒に受講していた方に、私には無理と言ったら、
私が心臓病だと知ったその方は、「(救命措置を)されるほう」と言われた。
ああ、世間の感覚はそうなのだなあと、寂しく思った。
私はできることはあると思っていたし、それを見つけたいと思っていて受けたのだから。
そう、私が苦しむ人に出会うことだって当然ある。
周りの人に頼れる時はいいけれど、もし誰もいないとか、焦って何もできない人ばかりだったら、
落ち着いて教えることができれば、力になれるのだから。
自分に救命が必要な時に周囲がそうあってほしいと思えば、自分ができることはやりたい。
社会の一員として当たり前のこと。

会社に勤めるようになってすぐ、避難訓練があった。
リーダーの方が、当然参加するよねという雰囲気で、悠さんも避難しないと大変だから、と言ってくれて、
こんな風に当たり前に私を一員として認めてくれているところなら安心して勤めていけると思った。
参加しないでいいことに疑問だった学校の避難訓練。
本当に避難が必要になっていたら、どうなっていただろう?
負担をかけまいとすることで、却って私を疎外することになっていたのではないか。

私には できないこともいろいろある。
けれどそこで、する方、される方、と決められていたら、私はずっと弱い立場のまま。
社会の一員として、できることはしなければならないから、違うかたちであっても同じ方向を見出したいし、
そのことが認められたなら、弱いと思われる人たちが、もう少し過ごしやすくなる。
そして、実際に講習を受けたからわかったこと。
一人の時にそばの人が救命が必要になったら、多分後で具合が悪くなっても動いてしまうだろうな。
そのくらいでは自分の命は なくならないはずだから。
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福祉の行方

長寿(後期)高齢者医療制度が4月に始まり、混乱が起きた。
健康保険の制度がこのままでは破綻するからと考えられた策。
障害者自立支援法の時と同じ、利用する人に費用を負担してもらう発想。
収入が低くて費用を払えない人が医療が受けられなくなるような
貧弱なシステムを通した役人や政治家には言いたいことがたくさんある。
けれど、2年前から始めることは決まっていたのに、話題にならなかった。
わかるように報道しないマスコミもいけないし、
声をあげず、無関心でいたことも、いけないのだと思う。

障害があるから、高齢だから、病気があるからといって、
助けてもらえる時代ではなくなっている。
福祉の費用も保険財政も、国や役所の財政が苦しければ抑えるのは、当たり前のこと。
財政的に破綻した市も出てきているのだから、今までのようにはいかないのだと思う。
他の無駄遣いをなくしてほしいと思っても、その言い分は伝わらない。
福祉や医療の費用の貯水池の水が僅かしかなくなっている、
他のダムにはまだ水がたくさんあるじゃないか、その水をもってくればいいと言っても、
そちらのダムの下で水を得ている人たちもいれば、運ぶのに労力も必要になる。
そちらのダムだって、いつ涸れるかわからなければ、簡単に水を分けられないだろうし、
運ぶ善意を期待して、待っているだけでは、水は得られない。
だから、どうしたらいいか。
すぐに何かを変えることはできないとしても、個人で出来ることはあるはず。
まずは、同じようなことが起こらないように、一歩だけ深く関心を持つことから。
たくさんの人がそうするようになれば、それだけで、先行きは変わっていく。
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不安のありか

病気の不安、先行きが見えない不安の中の、いつどうなるかわからないという思い。
それはどんな人でも実は同じはず。
仮に若くても、元気でも、じきに事故にあうかもしれないし、激しい病に倒れるかもしれないのだから。
それを考えないで済むなら、救われる部分はあっても、見失っていることもあると思う。
生死、命に関しての感覚が磨かれるのは、先行きが見えない、を身近にしっかり置いてわかること。
その辺りで苦しむこともあるけれど、私は今はほとんどない。
死をあまり怖いと感じない性質だし、もうずっと前からどこかで考えてきてもいるから。

むしろ、下に書いたように、生活が維持できなる=自分のしたいことができない部分をつらいと感じる。
何年か前には、そんなに苦もせずやっていたことが、少し意識しないといけない。
疲れるようなら、加減しなければならないのは、自分のために身についた習性だけれど、
明日のための我慢が重なり、予定していたことが思うようにできなければ、イライラも溜まるもの。
ストレス解消の手段も、限られてしまっているようで。
自分ができなくなることを認められたなら、できなくなる私にも価値があると思えたら、
きっともっと心が軽くなるだろう。
世の中では、何かを得ることを良とし、結果を評価することが多いけれど、
何かをしないことも良とし、過程を評価し、喪失感を上手く処理する知恵がこれから必要となるのだろうな。

ホスピスケアには、厳しい病と生死の境で得られた知恵があると思う。
ホスピスは、がんや死を目前にした人だけのものでも、建物の中だけのものではない。
病気の人や家族と、関わる人たちの営み。
それは、在宅ホスピスに関わる方の話をみていくとよくわかる。
(ホスピス 最後の輝きのために/内藤いづみ 鎌田實 高橋卓志/オフィスエム)
健康な人を中心としてものごとを考えるクセがついているけれど、
身近にもあるはずの、病気の人たちの営みは、様々なことを教えてくれるように思う。
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疲れの行く末

疲れた時の身体の感覚や疲れを感じる時期が以前より重く早くなってきている。
その分いくらか生活の幅や自分の枠が狭まっているようで。
基礎的なラインが低い位置にある私は、少し落ちるだけで影響が出る。
それがもっと増し、できることが減っていくのではないかと、
今の生活が維持できなくなるのではないかと、時々不安になる。
早かれ遅かれ、いずれは起きることではないか。
年齢を重ねていく、時間の流れの先に必ずあるその地点に向かっている、
ただそれだけのことではないか。
頭ではそう思っても、これは身体で理解(*)しない限り、変わらないのだろう。
*:腑に落ちる、得心がいくという表現がぴったりの理解のしかた

疲れやすいということは、60分使えた1時間が、50分しか使えなくなるようなもの。
生活の幅が狭まるのは、ゆとりという必須ではないものを切り落としてしまうから。
自分の枠が狭まるのは、周囲を見回し外のものを受け入れるゆとりがなくなるから。
加速的に、余裕がなくなっていくのではないかと思うのは、杞憂だろうか。
この種の不安は、高齢者の感覚に近いのかしら。
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どちらにも

患者の視点では思い浮かばなかったことを、医師の研究会で医療者の姿に触れて知った。
患者−医師の役割が、病気の治療のための場所である病院・診療では固定されてしまい、
医師に対する期待も過剰になっていたのだと感じるようになった。
医師の努力が必要なこともあるが、患者ができること、患者だからできることもあるように思えた。
だから、伝えたいと思うようになった(実際には伝え切れなかったけれど)。
一方で、以前は医療者の中にいて異邦人だったのが、
最近は、患者仲間の中でも、何か違うという感覚が増している。

双方の立場がわかるということは、どちら側にもぴったりはまれないこと。
私は医療従事者ではないから、医療者ではなく、その外枠の医療関係者と考えているけれど、
患者としたら、異端に近いところにいるように思う。
そんな中で、自分の位置取りや考えの示し方に、悩み、迷う。
いろいろな人の思いや考えに直に触れることで、バランスを取っていくしかないのだろうか。
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